日本剥製師協会とは

日本剥製師協会とは

日本剥製師協会は昭和51年9月に全国より36名の同志を集め、上野静養軒で産声を発しました。
以来、剥製ブームにのり、会員も増え一時は60名にも達しましたが、現在は剥製業界に厳しい逆風が吹き、廃業、転職等で現会員数は最盛期の半分ほどになっていますが、今も尚、がんばっている会員は皆、技術の優秀な剥製師ばかりです。
是非剥製は各地の日本剥製師協会会員にご用命下さい。

本会の目的

本会は会員の剥製技術向上、業界の発展と教育上必要なる標本の普及を促し会員相互の交流をはかることを目的とする。

本会の事業

1.関係諸官庁および諸機関との連絡。
2.生物学会に対する寄与。
3.鳥獣保護、増殖および放鳥獣。
4.剥製技術向上のためコンクール、研修会の開催。
この他にも6項目あり。

第30回日本剥製師協会 通常総会

第30回日本剥製師協会 通常総会

日本剥製師協会コンクール

日本剥製師協会コンクール 01

日本剥製師協会コンクール 02

全米剥製師協会コンクール

全米剥製師協会コンクール 01

全米剥製師協会コンクール 02

剥製の歴史

剥製はヨーロッパでは17世紀頃には技術的には完璧とは言えないまでも、ある程度のものが普及していた様です。

日本では江戸時代(天保又は、安政ごろ)にすでに稚拙な剥製を作る技術はあったらしく、珍しいもの又は、美しい鳥や獣を蒐集していた殿様があったと聞きます。

本格的な剥製を作り始めたのは、明治初年に来日したドイツの博物学者より名倉宗次郎(現上野剥製所系の創始者)、織田信徳他一名が剥製技術を拾得し、日本の剥製界に大いに貢献した。
その後、明治13年に坂本福治(現坂本剥製の創始者)がさらに本格的な製法を外国の文献を研究し、独自の努力で坂本式剥製法を確立したのは有名である。
その後、そのフロンティア達の弟子や子孫が努力、研究し現在の世界に誇れるレベルに達したのである。

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